日向神 正面岩 「福岡山の会ルート」





日向神正面壁 「福岡山の会ルート」開拓
2015年11月~2016年2月 高嵜 渉


1趣旨
日向神正面壁は高距200m、アプローチ至近という好 条件を持ちながら、山頂に至る登攀ルートをみると40 年前のリングボルト連打の人工、フリーのマルチは高難度で対象者は限られている。初めてこの岩に相対するクライマーはやはり、自分の手と足でピークを目指したいと思うだろう。無いのなら描けないだろうか。目指すのは「山頂を終了点とする初中級のマルチピッチフリールート」。欲しかったルートである。

2 初日・11月5日
「勝手に開拓していいと? よその山やろ」。家人の言葉 に若干後ろめたいものを感じつつ、目付役の松永氏とドリルを担いで正面壁基部を物色した。目指すは左岩峰・ 上部に抜けるフリーの可能性があるライン、それもなる べく難度が低い(私でも登れる)ラインである。 左岩峰基部を物色するが上部に抜ける弱点はそう簡単に見いだせない。ライン取りは傾斜の緩い右岩峰・下部 から左岩峰・上部に繋ぎ、延々左上するしかないようだ。そこで以前から認めていたポイント、右岩峰・ハング帯左下を目指し、まずは直下から試みる。これは 7-8m登ったところで蔦、岩松、草付が滝のごとく覆い 被さって退散した。 少し右に移動すると鵬翔や北稜の取付きだったバンド の基部が近年の大雨で草付がごっそり剥がれ、こちらは すっきりしている。ドリルを担いでまずバンドまで。 10mほど登って岩松と苔の海から古いボルトを掘り出 した。「久留米ルート」40年前の代物である。冷汗と 共にこれを辿ってこの日、1ピッチフィクス。「下から 登るのが本筋、真っ直ぐ行くのが岩登り」と目付の言葉だが、新聞にでも載り、年齢を書かれるような事態は避けねばならない。理想と現実の区別は重要である。

3 「完登」・2月10日
ボルト打ちは既に終え好天を待って、取付から山頂を 目指す2回目の試み(前回、時間切れで断念)。気象予想 は黒木-3°C~13°C、快晴。徳永女史の確保で10:00 発、下部は既登なので3P目終了点でグレードを再確認 し、4P目から初リードに入る。トラバースを終えた中 間のビレイ点で切った後半、2か所のA0を残してしま った。いずれも時間をかければ解決できるだろう。この 時点で既に13時、まだ半分も来ていない。樹林帯で身繕いを整え上部へ、7P目すぐの垂壁は2コースのボルト設定し、難しい方は撤去するつもりだ。ムーヴを探る も時間経過が気にかかる。仕方なく左をルートと決め A0として今後の課題とした。山頂は遙か頭上だが、スラブの緩傾斜帯は快適にピッチを稼ぐことができる。先 ほどから鳴いていたハヤブサ二羽、八女上部から湖上を 越えて行った。 上部初リード30m×5Pは先ほどの1ポイントのA0を 残しフリーで終えた。16:30山頂で石の仏に感謝の合 掌、ロープを畳む。また?明るい車道に17:15降り立った。

4 正面岩の概要
(正面岩について知る範囲での記述です) 1970年代中頃、新人の私が登らされたのはリングボルト連打の人工ルートでした。「八女ルート」、「鵬翔山 岳会ルート」、「北稜会ルート」などです。「源蔵ルート」 や「久留米ルート」は、これよりやや遅れて開拓されたの ではないかと思います。60年代から70時代前半はより 困難な人工登攀を目指した時代、先輩達はスピードを体 得するためこれを1日2~3本継続したり、私も屏風や 滝谷の冬期登攀に向けてアイゼン、手袋で登り、荷上げシステム確認なども90年代まで行なっていました。 81年9月に開拓された「田川ルート」はフレークの 豪快なフリークライミング、張出しの大きなハングを人 工で越える充実した内容でした(岩雪93)。この頃には、 北稜会の下部はフリー化されています。 82年8月29日、「スピンネフリーライン」が登られまし た。下部は北稜会からハング帯を左にトラバース、鵬翔 を経て左上し山頂に達したものです(岩雪92)。 88年9月、八女の右に「FGCフリールート」が引かれま した(岩雪132)。これで左右両岩壁ともフリーで登られ た事になります。フリーククライミングという概念も一 般的になり、ショートルートの開拓も加速、コンペも開 かれて初級から上級まで内容・ルート数も充実し、日向 神はフリーエリアとして捉えられるようになりました( 岩雪156)。マルチピッチでは北稜会の右壁にオリジナルの「スーパーヒーロー」が拓かれました。 その後、ショートルートでは新エリア開拓が相次ぎ、 日向神を訪れるクライマーは昔日からは想像できないほど多くなりました。マルチピッチでは田川ルートはフリ ー化(2010年頃、1ポイントA0)によって甦り、クライマ ーをよく見かけます。右岩壁の外傾部、鵬翔と北稜間でのマルチルートの開拓・試みは現在もなされています。 日向神の岩質は軟らかく脆い安山岩で、ハーケンを打 つリスやクラックは、花崗岩に比べ極端に乏しいという 特徴があります。反面、手打ちでも穿孔は比較的容易な ため、正面岩のクライミングはいきなりリングボルト連打の人工ルートから始まったようです。そのためか、他の多くの岩壁が経てきた「クラシックルート」ともいえる人工を排し、弱点を繋いだ論理的・合理的なルートは引かれることなく今日に至ったように思えます。これほどの岩場でありながら残念に思われてなりません。

5 ルート概要
全11ピッチ、登攀距離は200m超。三分して概要を記 します。ビレイ点はすべてハンガーボルトを設置してい ますが、追加ポイントや上部のランニングはRCC、補 助的なリングボルトも設置しています。

(1)下部1~3ピッチ 取付は「久留米」の右、白い壁の縦フレークから大バンドの左端。そこから左上ラインとなり浅いホールドのスラブが続く。1-2P目、または2-3P目を連続して2 Pで登ることもできる。3P目終了点から50mで懸垂、 着地も可能。直登ルートの可能性を探っているところです。
(2)中間部4~5ピッチ 4P目は出だしにハング越え、トラバースから直上、 小ハングを越えればビレイ点。中間地点で切った方がロープの流れはスムース。後半部の出だしとハング越えは 2月12日現在A0です。 5P目はトラバースから水苔のルンゼを経て樹林帯の 立木でビレイ。
(3)上部6~11ピッチ 7P目出だしの垂壁は2月12日現在A0、これを越え れば、明るく開けたスラブの楽しい岩登りとなる。グレードはIV~V級の表現が適切な気がします。ランニングはRCCの設置分で必要充分と思われます。 古いリングボルトが散在しますがルートの重複はあり ません。最終ピッチの左・直登ルートは松永氏のプロジェクトです。 下降路は奥壁を経由、テープ表示しています。

6 おわりに
開拓はまず、草付を剥がし、浮石と泥を落とし、灌木 を伐り、手鍬で苔を削ぎワイヤブラシで窪みを磨き出 す、全身泥と埃とコケにまみれた地道な作業でした。さ らに、ボッカ、アプローチ整備、ラッペル補助と、松永碩雄、北川博英、徳永哲哉、徳永悦子会員には3Kとは ひと言で片付けられない仕事をお願いしました。また、 佐藤栄二氏はじめ皆様からロープ数本、カラビナ、スリ ングなど、機材のご提供もいただきました。皆様のご協 力・ご援助無くして完成はありませんでした。この場を お借りして御礼申し上げます。
「本当に登れるのか」、実は疑問の日々でした。毎回 場所を変え時間を変えて撮った写真は500枚を超え、角 度や影から状態を予想し距離を予測し、次々に現れる課 題に一喜一憂の日々でした。翌日の作業手順・段取を考 え寝付けぬ夜があったのも、今は思い出の彼方です。 3か所のA0を残しての公表となりましたが、一応の 区切りとします。私もフリー化を目指しますが、どなたでも先に登られて構いません。成果は高嵜までご一報くださるようお願い致します。 名称は「福岡山の会ルート」としたいと思います。


日向神 正面岩 「福岡山の会ルート」フリー化






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