Part3 五色山
9月6日(水)
8時に五色山のベースに向かう予定だったが、雨具の下がないことに気付き、バイクで昨日の下山地点まで送ってもらった。しかし発見できず。双橋渡暇村に残る深田さんに小さめながらも雨具の下をお借りして、先行している一行を追った。
五色山は双橋渡暇村の裏山の更に奥にそびえ立つ、巨大な褶曲が五色に輝いて見えるという、標高5,609mの山だ。双橋渡暇村を出て、谷の向かいの、昨年も訪れた周さんの家の横を抜け、沙棘の林からヒイラギブナの灌木地帯を登り、幾つかの尾根を越えて谷筋を詰めてゆく。登り始めるとすぐに姜さんと楊さんを追い越し、昼過ぎに4,350mのベース地点に着いた。溝渕さん、須貝くんをはじめ、鐘さんやポーターをしてくれた村の人たちは着いていたが、大内夫妻はまだだった。テントを設営し、荷物を中に入れていると、なくしたとばかり思っていた雨具が見つかった。それから、晴天の下、その圧倒的な褶曲の五色山を眺めながら、しばらくみんなでくつろいだ。五色山の山裾は高度差数百メートルの巨大なモレーンが広がり、落石の音が絶え間なく響いていた。村人たちは落石のたびに「おおーっ!」と歓声を上げながら、一点を見つめている。私たちがルートに予定しているコルの辺りだ。双眼鏡を覗いてやっとわかったのだが、目のいい彼らは、コルを、岩山羊たちの群れが石を落としながら渡っているのを眺めていたのだった。どうやら一頭一頭が無事に渡り切るたびに、歓声を上げているようだった。振り返ると遠く山並みが広がり、すぐそばには流れもあって、ここもまた素晴らしいベースだった。
だいぶたって、村人たちも下山してしまった後、「道を間違えて三倍は歩いたよ」と大内夫妻が上がってきた。夕食の頃から雨が降り出し、雪も混じってきた。楊さんの靴が底が外れて細引きで修理していたので、長友のモントレイルの防水靴を進呈すると、非常に喜んでくれた。
明日のアタックは、溝渕さん、長友で行くことになった。ルートは中間部のコルに上がり込み、そこから左の雪の載った稜線を頂上まで辿るということになった。ただし、雪の状況次第では、持ってきたミゾー製の軽アイゼン「coroc」で対応できるかどうかわからない状況だった。
今回のコース(写真は前年に隣のピークから撮影)。この後、コルに突き上げ、左の雪の載った稜線を辿ってピークに着く予定だったが・・・。
朝の尖山子
五色山ベースへの途上で向かいの山を仰ぐ
目指す五色山は谷の彼方に。上部にガスがかかっていた
五色山ベース。圧倒的な褶曲の山肌
9月7日(木)
雨も上がっていたので、ワンビバークの準備をして、ガスのかかる中、溝渕さん、長友でコルの取り付きに向かう。須貝くん、楊さんに取り付きまでボッカをお願いした。楊さんは落石をかなり恐れていて、前日から、「こんな危険な場所に行くなんてどうかしている」と漏らしていたそうだ。この朝も、コルへの取り付きに向かうに従って表情がこわばり始め、私たちに「そっちじゃない!」という身振りをし、その場に荷物をおいて帰ろうとする仕草を繰り返した。取り付きぎりぎりまで運んでもらいたかったが、結局少し手前で荷物を置いて、須貝くんと楊さんには帰っていただいた。
残った二人が、その場でボッカ分けをしていると、ハンマーが一本しかないことに気づいた。とりあえず取り付きに向かった。絶え間なく響く落石の音を聞きながら、落石は私たちの予定ルートの左で起こっていると思っていたが、どうもコルの辺りからも落石がしていることに気づいた。「コルのルートは危険ですね」「一度ベースに戻ってハンマーを取ってこよう」ということで、あっさりと転身することに。右手の尾根筋は、距離は長いが落石は起こっていない。下り気味にそちらに偵察に寄った。壁にリスがあったので、ピッケルの尖端を刺してひねると、あっさりと崩れた。「ひどく脆いですね」。固い部分もあったが、ボルトだと時間がかかる。尾根筋はホールドも脆そうで、かなり危険だった。褶曲の部分も見てみたが、層と層の間は緊密で、リスもクラックもなかった。「一旦下に降りて、全体を眺めてみましょう」ということで、ベース近くまで降りると、ガスがひどくなる。結局、「この山は、眺める山で、登る山ではない」ということになり、ベースに戻った。
ベースでは、楊さんが、私たちを送り出したことをずっと後悔していたらしい。姜さんは後で、「楊さんは、二人が遭難したら、奥さんに責められるし、自分だけでなく子どもも村の人から後ろ指を指される。それに自分は共産党に入って双橋溝村の書記になりたいのだが、その夢もだめになる」と、青い顔でうつむいていたということだった。そこに私たちが帰還したので、彼の顔はぱっと輝き、大喜びで迎えてくれた。テントにはいると乾杯の嵐。大内さんは、「あなた方が心配だ、といううわべの気遣いよりも、楊さんの素直な気持ちの方が人間らしくて好感が持てる」とかなり楊さんをほめていた。
テントに戻って程なくして雨が降り出した。更に霰が混じってきた。悪天は一日中続き、昼食後に一寝入りして目覚めると、岩肌には雪がべったりと付いていた。あのまま突っ込んでいたら、降りるに降りれず、進むのも困難で、ビバークも一晩で済まなかったかもしれない。「行かなくて正解だった」と皆で胸をなで下ろした。夜になると、ベースにも雪が積もった。予定よりも日程を早めて、明日はベースを撤収して、降りることにした。
ガレ場をトラバースして、取り付きのコルの直下に向かう
あっという間に雪が積もった
一つ前のページに戻る
|
Interlude2 へ進む
|
2006 中国クライミング 目次へ戻る
|