[韓国旅行4]
夏の海雲台(平成17年7月) 


       
英語科 望月浩平


1. ムクゲ

 去年の夏は3年生担任で何かと忙しく、7月後半は夏期講習、その後は引き続きサッカー部合宿と続き、気がつくと盆になり8月後半からの補充授業が始まっていた。仕事はないよりあるほうがよいし、勉強になることもありありがたい経験だが、自分がそれに適任かどうかは別問題。たまたま諸般の条件の巡り合わせで、高等学校で英語を担当しているが、この広い世の中にはもっと別の良い適任者と可能性があるのかもしれない。そういうことを考えると今やれるだけのことは果たしつつ、生徒のことを考え更なる努力が必要になるというあたりまえの結論にも到達する。
 息子の佑滋も2歳になり、妻の母のサポートで何とか海外旅行にも耐えうる状況になったのは3月の[台湾紀行]「八重山の先」でも示され、夏もその先を考えてはみたが、夏の台湾は紫外線と高温の他、可能性の問題だが、強いままの台風に直撃されると子供連れではちょっと旅行どころではない。ということで勝手もわかった夏の釜山へ変更し、前回同様川西能勢口のHISへ出かけたのが7月4日、大韓航空の7/27往路・7/29復路のチケットが1人34,000円。それに関空使用料2650円に韓国出入国税・金海空港使用料2560円。航空保険料・燃料サーチャージ等1580円、妻と佑滋の障害保険料5460円などを加えて4人で163,160円。2歳でも大人料金がかかる。
 4月から勤め先のサッカー部の主顧問・監督が転勤で交代し、練習試合が増え校外付き添いが増加。10年やってもサッカーは全然わからないが試合があるとけがの関係で付添業務が伴う。7/24,25,26は関大高槻グラウンドの連続日程だったが、7/26は台風接近で試合中止、台風は房総半島上陸で影響なく準備。7/27の大韓航空KE732便は前回の台北行きに先立つこと5分前の12:50関空発。2時間前チェックインが10:50、関空まで2時間30分を逆算すると平日は日生中央8:17発の特急梅田行きという同じ予定。朝も同様に美山台の食事に招かれ6:45に下りてありがたく頂く。近所の植え込みには韓国国花のムクゲ(ムク゛ンファ)があちらこちらで咲いている。桜と違いムクゲは一度にまとめて咲いて散るでなく、日差しを受けながら途切れずに咲き続ける。実際に韓国の夏は「釜山と慶州」[韓国旅行2]で示したように日本同様にムクゲの季節のはずだが、実際には目立たず慶州・龍潭亭の行き帰りの道筋に並んでいた方が珍しい。
 美山台ではご飯に味噌汁、塩鮭にソーセージ、トマトにキュウリぬか漬けと普通の朝ご飯。8時に日生中央まで送ってもらう。佑滋も「プサンにいく」と言っているがどこにあるかはわからない。日生中央では前回と違い発車ホームが2号線に変更。時刻改正はなく事情は不明だがいつからか?8:17の特急は空席を残し発車。次の山下で座席が埋まる。川西能勢口で朝に1日7本だけある内の最終の直通特急は、いつも通勤に使う6:40の始発と同様に2両増結しないので停車時間が短い。後続の普通梅田行きも同じ3号線から発車し向かい側の2号線には誰もいない。4〜6月のJR事故による振替輸送中と違い、それほど混雑せずに進行方向を変えて梅田に向かう。梅田は定刻の9:00到着。
ベビーカーに佑滋を乗せ乗車側のホームを進むと2階中央出口へのエスカレーターは上り専用で下れないので、3階出口から降り、一回地上に降りて阪急百貨店と大阪駅御堂筋口の間の横断歩道を渡る。ここで妻と佑滋に待ってもらう。今回は大阪駅に行く用事が最近ないのでチケット屋で事前に格安JR券が買えず、地下街を走り第4ビルから第1ビルのチケット屋を回るが、どれも10時開店で開いていたのは第1ビル西梅田側の1つだけ。そこには目指す関西空港行きJR乗車券はなくがっかり。最後に開いていたのが近くの地下鉄御堂筋線梅田駅近くで関西空港まで1100円(定価1160円)、大阪から川西池田までの昼間割引200円(定価320円)を2枚ずつ購入。関空までは前回1080円だったので20円高いが他に選択の余地がない。
妻の母とは前回同様に大阪駅1番線西側で待ち合わせ。御堂筋口は東側なので1番線西側までは乗降客の多い環状線ホーム上を進む。向かい側3番線には鳥取行特急「スーパーはくと」が停車中。母はホームの先で待っている。9:35の関空快速関西空港・紀州路快速和歌山行きは定刻運転。佑滋は母にお茶とお菓子をもらい、電車を眺めて過ごす。西九条で紀勢線直通の特急「くろしお」、東岸和田で関空特急「はるか」に抜かれ、鳳・和泉府中・日根野で普通電車に接続しながら南下。日根野では後3両の紀州路快速和歌山行きを残して先に出発。りんくうタウンを過ぎると夏の日差しが海に照り返す連絡橋。10:45に関西空港到着、向かい側の南海ホームには特急「ラピート」と空港急行が並ぶ。

2. 空港と飛行機

 関西空港駅の改札口は駅中央部にあり、その北側と南側に広場がある。南広場に集合し、2日後の7/29午後にアメリカに語学研修に行く妻の姪2人に会いたいので、駅の構造を確認してから北広場を経由しエスカレーターで空港ビル4階の団体カウンターへ向かう。4階に上がると夏休みのせいか荷物と人が多い。3月はHISだけだったが他社の団体受付もありその上行列ができている。引換証を見せチケットを受領しサインをすると大韓航空カウンターへ。ここもラインが引かれ列ができている。前回ベビーカーは預け荷物で搭乗ゲートまで航空会社の貸し出しになったが、今回はそのまま搭乗口まで進んで預ける方式。佑滋のchild mealについて聞くと、24時間前までに予約が必要と言われるが、結局サンドイッチの分を用意してもらう。今回は問題なく佑滋と2人でX線検査、出国審査と進む。ベビーカーには持ち込み手荷物を載せてカート代わりに使用。海外旅行でベビーカー以外の荷物を預けたのは1997年春のマニラ行きが最後であとの韓国・台湾はとにかく荷物を減らし機内持ち込み手荷物で済ます。免税店前で11:30、トイレを済ませ、財布の中身に現地両替分3万円を残し、前回の使い残しの韓国ウォン紙幣と硬貨に交換。妻と母は免税店を見るので佑滋を連れて北搭乗口と南搭乗口の間にあるキッズルームへ。最初は消毒。前回はここにも誰もいなかったが今回は先客が遊ぶ。まず「紙おむつの大」を1つもらう。ここで替えることもできるが、持っていけるので韓国で使う。前回はあまり遊ばなかった佑滋だが今回は靴を脱ぎ、まずカーペットへ。他の子が遊んでいるおもちゃに手を出し、手を払われる。その子の母親はモShare.モと言っている。次に競争相手のない椅子席に移り、真ん中がマジックテープでおもちゃのナイフで切り分ける野菜や果物形の木のおもちゃ。集中して遊んでいると係りの人が棚からもっと別のおもちゃをたくさん出してくれる。「アリカ゛トウ」途中で「ママのところに行こうか」と言っても「行かないの」と返される。最後は11:55に時間だからと強制撤去にかかると床に転がり抗議して「いやのいやの」と大泣き。仕方なくそのまま抱き上げて連れて行き、途中から降ろして歩かせる。12:00にシャトル乗り場で恒例の記念撮影後、今回は終端駅行きに乗車。
 ゲートでは大韓航空の機体は搭乗路に隠れてよく見えないが、中間駅寄り3つ向こうのアシアナ航空仁川行きの機体はよく見える。その向こうの緑色は前回搭乗のエバー航空。佑滋を連れてエバー航空の機体が見える所まで歩く。ベビーカーはゲートで預けたが佑滋はなくても結構歩く。戻るとすぐ隣の空いたゲートに大韓航空仁川行きの機体が入り4機並んだ格好になる。12:30を過ぎると搭乗口に行列ができ韓国旅券を持った子供もたくさん並ぶ。機材はエアバスA333-300に大型化し空を渡る交流の進展を物語る。機内では窓側2席2列分が指定され、妻と佑滋で1列、母と自分でもう1列。すぐに韓国出入国カードが配られ、記入しているうちに滑走路に。すぐ後に12:55発の台北行きが続く。離陸すると造成された2期工事の部分が見えるが、あとは雲に覆われる。車のおもちゃに続き、かわいいサンドイッチに果物とケーキのセットをもらった佑滋はご機嫌でおとなしい。続いて大きめサンドにジュースに韓国ビールと食後コーヒーの大人の食事。ゴディバのチョコレートつき。母はお茶を頼むとtea bagとお湯が出る。その後は免税品販売少しですぐ着陸態勢。台湾行きでは飛行時間は3時間を越え座席に落ち着けない佑滋は床を這いまわり、着陸時には「うんち」までしたが今回はその隙もなく一安心。南北に流れる洛東江(ラクトンカ゛ン)と支流が見えると航空機は北側に旋回し南向けに滑走路に進入し、定刻14:15に日差しの強い釜山・金海(キメ)国際空港着陸。空港ビルは工事中で、飛行機から入国審査場まではタラップを降り母と佑滋と3人で歩く。検疫を過ぎ審査場は韓国人用にも長い列だが、外国人用は2箇所限定で列が長い。最後にベビーカーを受け取った妻が到着。とりあえず並んで交代でトイレ。入国審査が済むとX線検査(日本ではないが)がありそのあと税関を経て入国。

3. 温泉場

 入国後すぐに銀行で両替。釜山銀行と朝興銀行の2つが並び「両替いかがですか。レートは同じです」と言って呼び込み。プサンナビで取った手数料30%割引+地図進呈クーポンがあったので朝興銀行へ入る。30,000円が1円=8.97W(ウォン)のレートで269,100W。本当に得したかどうかは釜山銀行と実際に比べてないのでわからない。でも地図はなかなか役立つ。ターミナルビルから階段を降りると海の近くで風が強い。バス乗り場は4年前と異なり車道を渡らず庇の下に並ぶ。釜山駅からの鉄道時刻掲示板も見当たらない。
「307番」と探すバスを知らせて待ち構えていると、妻が停まっている車の向こうに入るバスに気がつく。ほとんど同時に韓国人も車の間からバスに急ぐのは相変わらずの韓国風。バスはバス停付近に停まるのであって、バス停に停まるわけではなく、乗車意志を示さない限りバスはそのまま通過。「307番海雲台行き」は「一般バス(900W)」より座席が多い「座席バス」で運賃は1500W。前乗りで3人分4500Wを運転手横運賃箱に放り込む。早速日本から用意の紙幣と小銭が役に立つ。市内バスは台湾と違い、乗車距離に関わらず均一料金。運賃は5年前の1000Wに比べ1.5倍値上がり。ただ5年前に乗った特級座席バス2002番は廃止されたのか?表示はない。
 国内線ターミナルを過ぎ14:40に出たバスは東に釜山市内へ向けて走る。空港は西隣の金海市に立地。赤信号でも運転手は左右を見てからそのまま進む。洛東江を越えて建設中の地下鉄3号線の高架がそびえ試運転列車も見える。空港近くのはずだが空港には乗り入れず開通しても利用しにくい。道路は一般道でも最高速度70km表示で運転手も一杯に飛ばす。2輪車が少ないのが台湾や日本とは違う。それでも5年前よりは増えるが、ヘルメット未着用の2輪運転手が多いのが台湾・日本との違い。これも絶対量の少なさとおそらく法規制に関係。洛東江を渡り、原則左折禁止の韓国道路事情から生まれた道路中央でのUターン。信号が変わると並んだ車が一斉に方向転換し壮観。「扶余の春」[韓国旅行3]で乗った「ムグンファ号」の国鉄亀浦(クホ゜)駅。地下鉄3号線の駅が、道路と洛東江の間に高架で建設中。国鉄駅とは大きな陸橋で連結。釜山も3回目だと車窓から街を眺める余裕が生じる。賑やかな亀浦市場では果物や野菜がたくさん売られている。プサンナビによると犬肉も売る食肉市場もあるらしい。金井山を貫く万徳(マント゛ク)トンネルを経て東莱(トンネ)へ向かう万徳路は亀浦から続く地下鉄3号線の工事も絡んで渋滞が続く。そこで顔をマスクで覆った数人の男が、小さなクーラーボックスを下げ、車の間をぬいアイスクリームを販売。道端には補充用の大きなクーラーボックス。こちらはバスの自動放送と路線図表を対応させて下車地点を想定。といっても地下鉄1号線高架を越えた最初の停留所で日本同様のブザーを鳴らし降りるだけだが、その名前が「大同病院前」だとは今回始めてわかった次第。
 「大同病院前」で降りて歩道橋を渡る。今まではここから地下鉄に乗り換え東莱駅から温泉場(オンチョンシ゛ャン)駅へ向かっていたが、温泉場駅から温泉街まで歩道橋を渡ってさらに少し歩くため、佑滋がいると大変で今回は積極的にタクシーを利用。近くの「メガマーケット」前のタクシー乗り場へ。並んで待っている人がいて客待ちの車はないがすぐにタクシーはやってくる。「温泉場、泉一(チョニル)温泉ホテル、泉一湯」と言っても女性運転手にはもう一つ通じていない感じだが自分で「公衆湯(コンシ゛ュンタン)」と言うと納得して走り出す。東莱駅から次の明倫洞(ミョンリョント゛ン)駅までは地下鉄沿いに北上し、そこからは温泉場に向けY字を左に入る。タクシー初乗りは2kmまで1500W(9月から1800Wに値上げ)だが時々車がつかえるとメーターが上がり16時に「鹿泉湯(ノクチョンタン)」の近くで降りると2300W。3回目になり見慣れた駐車場入口からホテルに向かう。隣の浴場入口には確かに「公衆湯」とハングル表記で納得。近くの「鹿泉湯」や特2級ホテルの「ホテル農心(ノンシム)」と違って「泉一温泉ホテル、泉一湯」は何故か知名度が少ないらしい。妻は「ホテル農心」と比較する自体が誤りだと言っている。
 フロントでは日本語も話す見覚えのある男の人が出てきて、「オンドル房」と言うとすぐにキーを渡してくれる。2人まで40,000Wで3人目の蒲団追加が7000W。2泊94,000Wでクレジットカードを出すと機械の調子が悪く決済できず、先に部屋(515号室)に入る。冷蔵庫には飲料水の500ccペットボトルが2本入っている。ただ韓国の水を心配し、まず日本から持参の水を使用。オンドルは場所を取るベッドやテーブル・椅子がなく、一辺に薄い蒲団(ヨ)と枕(ヘ゜ケ゛)が積まれているだけ。広々とした夏は冷たいフローリング。窓際にエアコンが置かれ、周囲のホテルやモーテル・旅館に浴場にマッサージ施設とその先に立派な「温泉第一教会」、その向こうに城壁が囲む4つの城門がある金井(クムシ゛ョン)山の尾根に続く金剛(クムカ゛ン)公園のロープウエー。
 室町時代以降日本人が居留し貿易を行った海に近い富山浦(釜山)は、江戸時代に対馬藩が朝鮮王朝と修交した草梁(ソリョン)倭館に引き継がれるが、実際に開発されるのは1876年の江華条約で釜山が開港後で、それまでは朝鮮王朝の行政機関が置かれた東莱が地域の中心。因みに釜山の「釜(かま)」とは釜山駅と地下鉄1号線と2号線が交差する西面(ソミョン)の間にある凡一洞(ホ゜ミルト゛ン)にあり「文禄・慶長の役」の倭城の石垣が残る釜型の小山「子城台(チャソンテ゛)」の形状に由来(「扶余の春」[韓国旅行3]参照)。東莱は1910年の韓国併合後は温泉を生かす歓楽街化が進み、台湾・台北における新北投温泉に対応。釜山には金井山、台北には陽明山と背後に山がそびえるのも同じでどちらの国もハイキング好き。ただ韓国人は台湾人より温泉好きという傾向はあるようだ。従って東莱は日本統治時代以前から温泉として使われたが、新北投温泉は台湾人に敬遠され、日本人に開発された点が異なる。どちらも現在、週末は登山後の入浴客でにぎわう界隈になっている。
 入浴のため階段を使い1階に下りると、5階の下は3階で4階が構造上存在しない。2階は男子浴場だが1階から受付経由で階段を上り利用するため出口なく暗い。1階に下り鉄扉を開けるとフロント前。フロントで「公衆湯」のチケットを作ってもらい、公衆湯の受付で渡す。階段を上がるとホール、左側がスポーツジムで右側が脱衣場。ホール入口に靴箱があるがこれは靴磨き用で、靴は脱いで脱衣場に持ち込みロッカー内のトレーに入れ施錠。浴場入口前には乾いたタオルが積まれ自由に取れる。部屋を出るときポケットに入れたはずの剃刀を途中で落とし仕方なくそのまま入る。シャワーのカランが日本製で「おす」を書かれているとここはどこ?と一瞬思う。水と熱い湯の浴槽は避け、湯とヨモギ湯の浴槽につかる。ヨモギ湯はうす緑色。あとはサウナや垢すりコーナー。子供のおもちゃを持ち込んだり、水泳用眼鏡をつけて水の浴槽に入って泳ぐ人がいるのも韓国らしさか。着替えて脱衣場から出るときに持参のタオルを貸し出しと勘違いされ返すように指示されるが「チェカ゛(自分の)」と言って説明。
 部屋に戻ると交代で妻・母・佑滋が入浴。気づいたことを説明するとタオルはいらないと出かけるがまもなく女子浴場にはタオルがないと取りに来る。部屋の浴槽も温泉水で24時間入浴できるがやっぱりここに来れば「公衆湯」でしょう。ただ入浴時間が4:00〜20:30なのでこれから食事に行く関係上、今日は今入浴しないと使えない。
 17時過ぎに全員入浴が済んだので夕食に出かける。近くにはたくさん飲食店があるが、北に1.5kmほどの地下鉄で一駅の釜山大学付近も賑やからしく、今回初めてタクシーで移動。ホテルを出る前にフロントで、もう一度クレジットカードを機械に通すと今回は無事精算。ここのホテルは特にパスポートの掲示や記帳を求められないのが1つの特徴。元来は「泉一温泉旅館」だったので、ランク付けされたホテルと違う旅館らしさが現れているのかもしれない。



後半へ続く |


一つ前のページに戻る |