プロローグ


 今年もまた夏が巡ってきた。大内尚樹さんから送られてきた計画書に目を通しながら、中国横断山脈の過去のシーンの数々、朝日に輝く花崗岩のざらざらした手触りや、幾日も降り続く雨の匂いや、突然の積雪の白さが蘇ってきた。あの谷の奥に聳える岩峰群は、今年はどのように私たちを迎えてくれるのだろう。

 今年の計画は、以下のようなものだった。
A:ミニヤ・コンカ、蓮花夕照連山偵察
B:老鷹岩、白海子周辺岩峰登攀
C:五色山登頂
D:ピンプン溝左岸5513m峰登攀
 これらを、8月23日〜9月20日の約一ヶ月の間に行うのである。詳細は、以下の通り。

A-1:ミニヤ・コンカ、蓮花夕照連山偵察
 成都→峨眉山→石棉→磨西・海螺溝→八字房→楡林→康定→雅拉→七色海・木格措(大海子)→蓮花夕照連山偵察→楡林→パンパン山峠4,648m→ミニヤ・コンカ衛星峰、リウチ・コンカ5,928m、田海子(ラモ・シェ)6,070m偵察→康定→金湯・孔玉自然保護区→ 丹巴→小金→双橋溝・人参果坪

A-2:ミニヤ・コンカ、蓮花夕照連山偵察
 成都→→蓮花夕照連山偵察→楡林→パンパン山峠4,648m→ミニヤ・コンカ衛星峰、リウチ・コンカ5,928m、田海子(ラモ・シェ)6,070m偵察→康定→金湯・孔玉自然保護区→丹巴→小金→双橋溝・人参果坪

B:老鷹岩、白海子周辺岩峰登攀
 人参果坪→白海子BC設営→老鷹岩周辺の岩峰偵察・試登・登攀→人参果坪

C:五色山登頂
 人参果坪→五色山BC設営→五色山登頂→人参果坪

D-1:ピンプン溝左岸5513m峰登攀
 人参果坪→紅杉林→4,768m峠越え→ピンプン溝3,779mBC設営→ピンプン溝左岸5,513m峰登攀→ピンプン溝BC撤収→4,644m峠越え→長坪溝・叉子溝出合→神山下・高岩窟出合→ラマ寺跡→日隆→金山→雅安→成都

D-2:ピンプン溝左岸5513m峰登攀
 成都→ピンプン溝3,779mBC→ピンプン溝左岸5,513m峰登攀→ピンプン溝BC撤収→成都

E:ピンプン溝周辺岩峰登攀
 成都→ピンプン溝3,779mBC→ピンプン溝周辺岩峰登攀→ピンプン溝BC撤収→成都

 参加メンバーは、全部で12名。4名はフルに滞在し、他のメンバーは都合に合わせて、途中で参加したり帰国したりすることになっている。

大内 尚樹(A-1, B, C, D-1参加;隊長・渉外)
長友 敬一(A-1, B, C, D-1参加;登攀隊長;庵鹿川・熊本学園大学探検部顧問・九大山岳会)
須貝 知裕(A-1, B, C, D-1参加;記録;早稲田大学ハイキングクラブ)
大内 和子(A-1, B, C, D-1参加;食料)
溝渕 三郎(A-1, B, C参加;装備;JECC)
柏瀬 祐之(A-2, B, C, D-1参加;相談役;松戸岳人倶楽部)
深田 美弥子(A-2, B, C参加;食料;松戸岳人倶楽部)
山崎 洋介(D-2参加;登攀リーダー;山登魂・はりま労山)
小川 淳司(D-2参加;装備;JECC)
佐野 耕司(E参加;記録;YCC)
船山 和志(E参加;医療:YCC・順天堂大学山岳部OB)
川野 健二(E参加;医療;順天堂大学山岳部OB)

 最後の3名(佐野・船山・川野)は、ピンプン溝の同じベースを共有するが、独立したチームとして、異なる目標を狙う。







最終的には、赤線の部分を移動






8月23日(水)
 午後、福岡空港を発つ。エントリー・カードを書きつつ、ビールとワインで機内食の蕎麦を食べていると、早くも上海上空に。上海空港では入国審査や乗り継ぎをあわただしく済ませ、同じ機体の同じ座席に戻って成都へ向かう。成田や関空からのメンバーは、一度預け荷物を受け取って、空港内で数時間〜10時間ほど時間を過ごしたとのことで、福岡からが一番スムーズに成都に着けるようだ。関空からの山崎君は後に、「新幹線で博多まで行って、福岡空港から乗った方が時間的に早い」と感想を漏らしていた。
 窓から見下ろす上海の街は、林立したビルが夕日に輝き、石に付着した無数の小さな石英の結晶のようだった。しばらく飛ぶとずっと雲の上に。フライトにも飽きてきた頃に、機体は雲をくぐり始め、小雨の成都空港に降り立った。昨年までと打って変わって、空港内には様々なテナントが間口を競い、その変化の速さに我が目を疑った。
 空港には雪豹体育探検公司の連絡官、姜峰(ジアン・フェン)さんが迎えに来ていた。日本で働いていたことがあり、とても達者な日本語を話した。成田発の大内夫妻、溝渕さん、須貝くんが到着するまで、新しい店の一つでビールを飲む。
 成田組と合流し、雪豹体育探検公司の車でラサ・ホテルへ。もうお馴染みの宿だ。気づくと、長友のLOWEのザックの肩ひもが片方切れてなくなっていた。イージー・デイジーで応急処置をした。
 「では皆さん、パスポートを」という姜さんの声に、須貝くんが青くなった。「ない! パスポートがない!」 空港で荷物をカートから車に移す時に、カートに置き忘れたんではないかと言う。「なかったら、重慶までいって、再発行を何日も待たないといけないよ。そこでのホテル代は自分持ちだからな」大内さんの言葉に焦りつつも、やはり見当たらない。すっかり消沈した頃、「車のシートにありました」と姜さん。落ち着いた所で、近くの屋台に夕食に出る。銘々が気に入った食材を注文し、その場で料理してもらう。アヒルの舌、豚の耳、豆腐の串焼きなどで山盛りになった皿に埋もれて、スノー・ビールで乾杯。

福岡から海を越えて中国大陸へ!
上海で入国審査をして、成都へ
上海の街並み。高層ビルが立ち並んでいる
中国で最初の夕食。様々な食材が
成都は内陸なので海鮮には乏しいが、豊かな山や川の幸が
Snow Beer で乾杯!



8月24日(木)
 雪豹体育探検公司が雇った二台の4WDは、荷物と人を詰め込んで、曇り空の下、朝の成都を南へと向かう。世界遺産の楽山や峨眉山の麓を過ぎ、金口河で昼食。突き出しの塩豆はかなりいけた。茄子や千切りジャガイモの炒め物が美味。普通は唐辛子と大量の山椒が入っているのだが、それだと体調を壊す可能性が高い。中国滞在中は、毎食、姜さんの配慮で刺激物は控えめにしてもらっていた。
 午後は、石灰岩の断崖が延々と続く渓谷を過ぎた。トンネルや道路の工事が多い。遙か山腹からユンボで岩を、下を走る道路に落としている箇所もあった。道路に転がってきた岩をどけるために下にもユンボが待機している。その作業の間、しばらく通行が遮断された。夕方、石綿(シーメン)へ。割と大きな街だ。石綿賓館へ投宿する。

もうお馴染みの「ラサ・ホテル」
途中の店頭。タバコはほとんど15mgときつい。きつくないとタバコではない?
昼食。茄子やジャガイモや豚の脂身が旨い
断崖の谷の道
この鉄道は遙かベトナム近くまで行くらしい
日本では考えられない、荒っぽい工事
石綿の街に着く。手前の人は今回のドライバーの一人
石綿のホテルのロビーにて
みんなで卓を囲んでの夕食
石綿の街



8月25日(金)
 康定(カンディン)への途中、得安の先のゲートで、一方通行のため一時間待ち。トイレに寄ると、相場の5角(一元の半分)を要求された。ここから橋を渡って峠を越え、ミニヤ・コンカ衛星峰を覗いてから康定に行く予定だったが、峠の道は通行止めになっているということで、大回りすることになった。その先は、道路の水泥(セメント)舗装が人海戦術で進んでいた。四川の道路は、大きな街の中以外は、たいていがセメント舗装だった。
 ルーディンで昼食。道路沿いの、練炭コンロと鍋とテーブルくらいしかないような小さな店で、ワンタンと麺をいただく。簡単な一椀だが、かなり旨かった。
 道ばたで売っていたリンゴや桃やスモモを買ったりしながら、夕方前に康定に着き、カラカラ飯店に投宿。そこで、地元の登山家で顔中髭だらけの熊安平(ション・アン・ピン)さんを紹介していただく。長年、コンカ山登山のサポートをしており、康定ではかなり有名人だということだった。熊さんを交えて、蓮花夕照連山偵察のためのミーティング。予定していた七色海・木格措(大海子)は観光地となっており、付近に岩峰がないので、行かないこととなった。ちなみに、今回の蓮花夕照連山を初めとするミニヤ・コンカ周辺の岩峰群の偵察は、クライミングのメインに考えている双橋溝が七月に野生のパンダの生息地として世界遺産に指定されたので、そのうち登攀禁止になるかもしれないという配慮から、そうなった時のための目標にするために行っている。
 その後、街を散策に。康定はチベット族自治州であるガンズ州の州都で、四方を高い峰々に囲まれてはいるものの、かなり大きな街だ。峰の一つには、チョルテン(チベット仏教の経文が書かれた旗が連なったもの)がたなびき、チベット仏教の大きな壁画が描かれていた。標高は2,500mほど。街を貫いて整備された河に急流が流れ、中央には、一段高くなった、サッカーが楽に出来るくらいの広場がある。昼間、少女たちが雑伎をしていた。夜になると大勢の人々がやってきて、音楽に合わせてみんなで踊り始めた。夕食は近くの店で、辛くないように特別に味付けしてもらった四川料理を。
小さな町をや村を通り過ぎる
街道には露天が多い
得安の先の橋。ここを渡ると目的の峠だが、今は通行止めとか
というわけで、Lu Ding の方へ
田舎道を二台の車は進む
ローラーを使って人海戦術の舗装工事
Lu Ding の町
どの町も村も、人々がやたらに外を歩いているという印象が強かった
Lu Ding もちょっとした街だった
街角のワンタンの店で昼食
素朴ながらもかなり美味だった
雪豹の姜さん(右)とドライバーの方々
店のトイレ。シンプル(過ぎて落ち着かない)
街道沿いの小さな村の露天(姜さんが交渉中)
子どもの笑顔はどこでも可愛い
その隣の家の犬。中国語でほえていた?


庚定の街。他の場所にも新しい市街地が建設中だった


庚定の街へ。チョルテンや壁画のある岩山
狭い谷に街は寄り集まっていた
土地の有効活用のためか、高いビルが多い
この大きい街に、どうやら信号機は2箇所しかなかったようだ
姜さん、熊さんと文字通り額を突き合わせて、ホテルでミーティング
街を貫く川。流れは速い!
市場
サボテンの実のような、得体のしれない果実を売っていた
種類も豊かな果実。四川は食に恵まれている
スイカやハミウリも
キノコ類も豊富だ
街並み
物売り
裏手にまわると、古い家並みが
なんとなく懐かしい石組み
広場では、少女たちが雑伎で稼いでいた(わかりにくいけど、はしご乗りをしている)
ホテルの「スリップに注意」の掲示。その英訳は、なんか違うぞ!
夜の庚定。暗くなってもわりと賑やかだった


今回のコース。地図の一番下の石綿から、庚定、小金へと上っていった。蓮花夕照連山のベースは真ん中あたりに





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